中央通町で60年近く地域の人に親しまれた元精肉店の物件に、2021年11月、新たにカフェがオープンしました。店名は「POP BY COFFEE」。金沢R不動産で仲介させていただいたのですが、物件の使われ方、街への馴染み方がとてもスマートで。街にあるカフェとしての振る舞いや、職住一体のスタイルなどについてもお話をうかがってきました。
中央通町の大通り沿いの一角にある「POP BY COFFEE」 竹中悠葵さん(右)と、妻の由梨江さん(左)。悠葵さんはいつもネクタイ姿、ご実家が旅館の由梨江さんは着物姿も多い 「家庭」という概念が抜け落ちていた東京時代
「カフェを開く」というのは、夫・悠葵さんの長年の夢だったそう。「カフェって価格帯が3桁だから、飲食店の中でも老若男女誰でも立ち寄りやすい場所でしょう?」。
夢の実現に向けて、東京や横浜のイタリアンやカフェを渡り歩き、10年以上腕を磨きながら「理想の店」のイメージを膨らませる日々。そんな中、修行先のイタリアンで妻・由梨江さんに出会い結婚。この結婚で「すべてが一転した」という。
「それまでは東京で店を開くつもりで、物件もずっと都内だけで探していました。今振り返ると、当時の自分は“仕事”のことしか考えてなかったというか、“家庭”というものが頭から抜け落ちていたんですよね。(悠葵さん)」
悠葵さんの地元である石川県金沢市に戻って店を開く、という提案をしたのは意外にも由梨江さんの方。
「私が東京で子育てをする自信がなかったというか、どちらかの親の近くに居たいなと。金沢は結婚の挨拶で初めて訪れたのですが、良いところだなという印象がありました。あと、夫は高校を卒業してからずっと東京なので、親のそばで過ごさせてあげたいなと。両親が本当に素敵な人たちなので。(由梨江さん)」
内見時に、今のセットポジションに立っていた
物件の内見を担当した弊社不動産スタッフ・タナカ曰く「竹中さんの内見時のご判断はめちゃめちゃ早かったですね。なぜならご自身の中で“店のイメージ”がもうほぼ完璧に出来上がっているから。あとは物件がそのイメージに合うか・合わないかというだけなんです」。
築58年の古ビルはなかなかに年季が入っており、「ここがカフェになる」とにわかには想像し難い状態。けれど悠葵さんは内見時に後にカウンターが入り自身のセットポジションとなる位置に迷いなく立ち、「あ、これはいける」と感じたそう。
「探していたのは、明るくて角地で、大通り沿い。そして何となく“気”の良いところ。ここは周りの建物も綺麗で、お隣にお蕎麦やさんもあって、素敵だなと。内見させてもらったときも、自分がここに立って、真ん中がドアで…って“見えた”というか、自分の描いていたイメージとほぼ完璧に一致したんです。そういう物件になかなか出会えなかったので、だからこそ誰かに取られちゃったらどうしようとは思っていました」
テナント募集時の物件 現在の外観。明るいクリームイエロー&グリーンに、ストライプのオーニングが可愛い 無意識に心地よい空間/「ありがとう」を言わせないサービス
物新天地で一からの開業。由梨江さんの親御さんから心配する声もあり、物件の申し込みには逡巡した時期もあったそう。「けれど、この建物の前を通る度に『あぁ、やっぱりここでやりたい』という想いが湧いてきて」と由梨江さん。夫婦で話し合い腹を決め、そこから怒涛の準備期間を経て2021年に「POP BY COFFEE」はオープンした。
2021年11月オープン 「目指したのは、クラシカルで無意識に足が向くお店。そして、「ありがとう」をお客様に言わせないサービス。それは悠葵さんが尊敬してやまないバリスタからの教えだそう。
「お水ひとつにも、サービスは現れて。最初からお水は持っていかず、タイミングを見てお持ちするのですが、提供するちょっとした位置によっても、お客さんにアクションを取らせてしまったり、“ありがとう”を言わせてしまう。いかに意識に上らないように、居心地よく過ごしていただくか。それはいつも大事にしている事です」
つねにオープンで、ニュートラルであるために
POP BY COFFEE では毎朝開店前に、悠葵さんが店内を徹底的に掃除する。床に埃ひとつ落ちておらず、窓もシルバーも一点のくもりなく輝いている。悠葵さんが掃除にこだわるのは「人の匂いを消すため」だという。
「やはり一日お店を開いていると、どうしても“人の匂い”というのはつくんですよね。それは比喩的な意味でも。このお店は“閉じたコミュニティ”みたいにしたくないんです。来てくださる誰方にとっても居心地が良いお店でありたい。だから一日の始まりにさっぱりとリセットして、『さぁ今日も新しいエネルギーをいっぱい吸収するぞ!』と、おまじないのような意味合いも強いですね」
誰かの居心地の良さが、誰かにとっての居心地の悪さにつながらないように。竹中さんのフレンドリーだけれど程よい距離感がある接客にも、サービスのプロとしての意識が垣間見れる。
生活と仕事。「切り替える」のではなく「共にある」
8:30から17:00までの営業時間は、保育園のお迎え時間との兼ね合いで決めた。現在0歳と2歳の男の子の子育て真っ最中。実は店舗の2階が住居として改装されていて、閉店後には裏口が家族の玄関になる。コロナ禍で周知が進んだ職住一体型のスタイルながら、竹中夫妻は以前からこの在り方を考えていたそう。
「地元に帰ってやるならば、この形がいいのかなとは思っていました。万が一、店がうまく行かなかったときのリスク回避の意味でも。けれど今となっては、職場と自宅が離れている状況だったら“生活”が回ってなかっただろうと思いますね。子育てしていると、とにかく時間が足りない。今こうして、喧嘩もせず毎日二人でお店に立てているのは、仕事も子育ても、二人で一緒にやれているからだと思います。(悠葵さん)」
よくある「PRIVATE」印は、本当にプライベート(住居)なんです ベビーカーでそのまま入れる店内には赤ちゃん連れの姿も 職住一体型では「プライベート」と「仕事」の切り替えに難しさはないかと尋ねると「全然問題ないです。というか、むしろ今はプライベートと仕事を分ける必要すらないのでは、と思っています」と由梨江さん。
「本当に隙間時間で準備を進めているんです。『この10分であれができる!』みたいな具合で。足元には子供達をひっつけながら(笑)。このスタイルで始められて、結果的に良かったなぁとしみじみ感じています」
スイーツやフードは由梨江さんの担当 茶道を嗜む由梨江さんが点てる宇治抹茶のラテも人気メニューの一つ 街に必要とされたいなら、自分から街を好きになる
オープンして約半年。特に午前中には、ご近所さんや馴染みのお客さんが多く訪れる。着物姿も多い由梨江さんには「この着物、もう着ないからもらってくれない?」と持って来てくれる常連さんも。
店内に飾る花も、ご近所の花屋さんで 街に溶け込むために意識していたことは「とにかく挨拶。こちらから挨拶し続けること。そしていつか必要としていただける時を待つ」と悠葵さん。
「戻って来たばかりで、まだまだ金沢のことは知らないんですけど、この辺りはすごく好きなんです。古い街並みが残っていて、建物や景色に品があって。見てるだけでも、なんだかリッチな気持ちになるというか、豊かだなと。でも考えてみたら、ここで商売をさせてもらっている身として、街のことを好きになろうとするのって当たり前のことですよね。『必要とされたい』と言っておきながら街に興味がなかったら、必要とされるわけがないので」
「街の一角として『今日もきれだな』と思っていただけるように。大通り沿いなので、お店を“使う人”より“見る人”の方が圧倒的に多いので。(悠葵さん)」 今後の目標は「お店を日本一にする」こと。「部活動してる中学生みたいな目標ですが(笑)、本当にそういう気持ちでやってます。どんなに忙しくなっても妥協せず、毎日を重ねていきたいです。そしてこの空間も、ちゃんと“街のもの”になっていってほしい。それで奥さんと子ども達が笑ってくれてたら、最高にラッキーだなって思います。(悠葵さん)」