今回のリノベーションプロジェクトにおける金沢R不動産の仕事は、貸し主(オーナー)と借り主(入居者)の想いの交差点を想定していくことだ。
それは、物件や立地環境の個性だったり、建物がもつ物語や潜在する可能性だったりする。仲介の仕事では、それらを観察して発見することが中心になるけれど、今回のようなリノベーション物件では、創造することによる産みの苦しさや喜びが加わることになる。
そんな交差点づくりを目指してハードとソフトの両面をリサーチしていくことから始まったこのプロジェクトの最終案がこれだ。
完成予想のイメージパース。 1階は、コンクリート土間仕様のテナントが4軒。新竪町にも通じるような生活工芸雑貨や家具などを扱うお店や、クリエイターによる店舗兼アトリエが似合うような空間だ。
構造体が見える2階アパートの部屋のイメージ。 2階は、木造小屋組の屋根裏ロフト付きのアパート5室は、1階と同じようにアトリエやSOHOとして使えたりもする部屋。オーナーやR不動産のこだわりが詰まった部屋になっていくだろう。
コンセプトは、築40年という時間を無理なく受け継いでいけるデザイン
物件のオーナーから一本の電話をいただいたのは昨年。それからの足取りを振り返ってみる。
まず、連絡をもらった数日後に、金沢Rスタッフと茨木町のアパートへ向かい、アパートの様子を撮影し、ざっくりと採寸。屋根裏に入ってみたり、壁を叩いてみたり、この建物の構造体や見えない部分までを予想していく作業を行った。
さらに、近隣を歩きながら、どのような生活をする人に、どういったアパートを提供していくことが「売り」になるのか考えてみた。僕たちは、ご紹介する物件にキャッチコピーが書けるか? ということを、とても大切にしているからだ。
そうして、導きだされたコンセプトは、「築40年という時間を無理なく受け継いでいけるデザイン」。そして、立地にほど近い新竪町の流れを体現したような生活感が感じられるアパート。金沢中心部のまちなかだからこそ、シンプルに生活できる部屋。鞍月用水沿いの角地アパートは、そんな空気感のある一角になれば嬉しい。
なぜ、新築にしないのか?
ところが、事業計画を進める前に、解決すべき問題があった。 なぜ、新築アパートにしないのか? 愛着ある建物をリノベーションしたいというオーナーの希望もあるけれど、その条件を疑ってみる冷静さも必要だ。
新築なら、建築雑誌に掲載されるような、新しいスタイルのアパートを考えることもできるだろう。しかし、そこまでコストは掛けられない現実がある。
一方で、一般的な新築アパートでは、デザインよりも、最新の設備や機能へとコストが集中することになっていく。しかし、新築アパートが建ち続けるなか、数年後には、新しいアパートに対抗できなくなってしまうだろう。たった一度の更新時期を迎えるだけで、家賃の価格競争へと加わることになる。僕たちもそんな事例を山ほど見てきている。
さらに数字がリノベーションを選択するという正しさを裏付けてくれることになった。新築よりも費用効果が高いことが見えてきたのだ。それ以外に、リノベーションを選択する意味には、そもそも使えるものを積極的に利用するという社会的要請もある。
そしてなによりも、このリノベーションされたアパートを好きになってくれるファンをつくっていくことが大切だと考えた。
模型を見せながら打ち合わせを行う。 年の瀬も近づいた頃、建設会社も加わったチームで、コンセプトを実現する事業計画を具体化していく本格的な設計作業が始まっていた。特に今回は40年も経過した木造ということもあり、建設会社の協力も得ながら手壊しの解体と調査を繰り返しながらの作業だ。
そうして、事業計画書や設計図を携えてオーナーと共に金融機関へ融資相談が始まった。この融資が決定しないと、オーナーの思いもこれまでの作業も水の泡だ。熱いプレゼンテーションが幾度も繰り返されることになっていった。そもそも古い木造アパートの再生事例も少なく、リノベーションという発想を説明するところから始めなくてはならなかった。
(左)完成予定平面図。店舗やオフィスなどに内装も自由に設定できる1F。(右)シャワーブースやロフト付きの2FはSOHOにも使える。(画像をクリックすると拡大してご覧いただけます) それでもオーナーと僕たちは、この試みが大きな前例になることを信じて、建設会社も交えて粘りの説得を続けていったのだった。 そしてさらに半年近くも経過した頃、ついに地元銀行が、大きな決断をしてくれた。われわれは最小限のオーナー負担で、大きな資金を得ることに成功したのだ。全国的に見ても事例の少ない好条件だろう。
最初のオーナーからの電話から10ヶ月近くもかけて辿りついた確かな一歩。茨木町アパートリノベーションの計画が実現に向けて動き始めた瞬間だった。
しかし、慌ててはいけない。古い物件ゆえに、まだまだこれから慎重な解体工事と設計変更の繰り返しが続くことになる。事実、現時点で図面や工事業者との打合せは、新築をしのぐ膨大なものになっている。工事現場でも、新築には無い様々な難問との格闘の繰り返しだ。
40年も経過した構造や空間を活かしながら、さらに時を刻んでいけるようなアパート。そんなアパートの完成に向けて、まさに今、工事は進んでいる。
現場の様子。年が明けて、この仮囲いが外れる日が待ち遠しい。